日々お腹ぽんぽこ

雑感と備忘メモ

自分の限界との対峙と優先順位

自分自身の自覚として、体力はある方ではないし、身体がへばると、気持ちも疲れやすくなる。

体力の拡充はちょっとずつでもやっていくべきなのは分かるけど、数日やそこらで劇的に変わるものでもない。

そんな現状をふまえて、現時点で身体を壊さずに、院生生活を続けるにはどうすればいいか、というのは自分にとって結構切実な課題。

 

自分のなかでの優先順位としては、

家族や特に大切な人との時間≥自分の健康の維持≥正当と感じられる対価が発生する作業>>>(超えられない壁)>>>正当な対価は発生しないが納得はなんとかできる作業>>>(超えられない壁)>>>正当な対価は発生せず納得することも難しいが院生生活継続上やむない作業>>>>>(絶対的に超えられない壁)>>>>>正当な対価も発生せず納得もできず院生生活継続上も大きな影響はなく自分のなかで十分な意義が見いだせない作業

というのが、なんとなくある。

実際上、自分の今置かれているなかで、苦痛な感じがなく引き受けられるかどうかの境目は、自分なりに「納得」できるかというところにある。

 

降ってくる作業のすべてを、バリバリこなして、周りも助かり、もしかしたら、作業をこなした自分の評価だって上がるかもしれない。

でも、そこで、私の場合自分に問わなければならないことは、自分の心身が持ちこたえられるか?、そこで得られるかもしれない評価は自分の心身が持ちこたえる以上の価値を自分のなかで見いだせるものなのか?、ということ。

そして、その際に、留意せねばと思っていることは、確かに文系院生は学部生や理系院生と違い時間の都合こそつけやすいものの、自分のなかで研究のために費やすべき時間はフルタイムで働く以上のことも少なくなく、それをふまえたうえで、さらに自分の研究以外の作業を引き受けるということの意味。

作業は一か所だけでなく、多方面から降ってくるかもしれない。そして、その一個一個はフルタイムでやるほどの作業ではないかもしれないし、数時間で済むことかもしれない。でも、一個一個は数時間の作業でも、それが積み重なると結構な時間になる。

私の場合、身体を守ろうと思うと研究以外の作業のあと、研究時間を犠牲にして睡眠時間を確保する。でも、どうしても、研究報告が近くて、研究以外の作業の締め切りも近いと、睡眠時間を削ってフラフラになりながらどうにかこうにかこなすことになる。

でも、作業を頼んでくる一個一個の依頼主は、数時間分の作業を依頼している意識しか当然ないわけで、(正当な対価の用意がない場合であっても)こなせて当たり前という意識で作業を頼んでくる。

 

 

企業でいうところの部下の仕事の割り振りをする上司のような存在が不在だから、自分でこなせる作業量を調節することが必要になる。

断るのも断るので心理的なエネルギーがいるから、そもそも場合によっては話自体が振られないようにするのも一つの手だけれど、それでも降ってきたときには、そのときそのときの自分の心身の状況や自分の研究その他の負荷の量に鑑みて、断ることが自分にとっても、相手にとっても自分なりの誠実さだと思うようにしている。

一般的な労働者ではないうえに、作業は各方面から降ってくるから、倒れたり万が一命が危うくなるとこまでいったとしても、院生の自己管理能力の問題に落ち着くのが関の山。でも、私は、自分の研究に集中した結果、心身に影響が出るのは受けとめられるけど、自分にとってそこまで大切じゃない作業の積み重ねで心身がずたぼろになるのは避けたいと思っている。

作業の依頼主だって、我関せずのひとが多いだろうけど、なかには良心の呵責に悩むひとがいる可能性も(少々は)ある。

だから、自分の状況に鑑みて、断らざるをえないときは断るように、最近はしてる。

 

よい顔ができることより、心身をずたぼろにしないで、研究に取り組むことが現実的に許された時間を研究しながら生きること、家族や本当に大切なひとに関心を払うこと。

それが、自分の小さなキャパシティのなかでも重要な位置を占めるものだから。

自分を守るために、自分でできることはちゃんとやってきたい。